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| 愛用のものらしいアルト・サックスと一緒の写真を見ると、サックスが異様に小さく見えます。本名はジュリアン・エドウィン・アダレイ。"キャノンボール"
のニックネームは、"大食漢" を意味する、"キャンニバルcannibal" からと言うことです。エネルギッシュで活発な奏者です。情感豊かで音使いにはメリハリがあり、高く細い音色もはっきり鳴らしてきます。「一音一音、聞き手にしっかり伝わるように」との印象を強く受けます。オリジナルで録音した盤は全てそれぞれに色が違い変化に富みますが、モードスタイルに類別されている事からも判るように、進歩的なアルトサックス奏者です。'50年代中頃から、歌手のダイナ・ワシントンやサラ・ボーン等のアルバムに参加、ケニー・クラーク(ドラマー)の名盤、'55「ボヘミア・アフター・ダーク」の録音にも参加していましたが、'57年、モダンジャズの王様、マイルス・デイビスの
"マイルス・デイビス・セクステット" に参加した頃から注目され始めました。マイルス・デイビスの名盤に参加した例では、'58「マイルス・トーンズ」。'59「カインド・オブ・ブルー」。等があります。中でもとりわけモダンジャズ史上に残る大名盤、「カインド・オブ・ブルー」に関して言えば当時の録音に参加したテナーのジョン・コルトレーンやピアノのビル・エヴァンス等はモード・スタイルの代表格として知られる様になりました。従って前述の如くキャノンボール・アダレイの音楽性にもモードが根付いている事実は否めないと思います。サイドマンとしての実績を積む一方で、有名なコルネット奏者である弟ナット・アダレイを引き連れての自身のバンド、"キャノンボール・アダレイ・クインテット"
でも成功し名盤を残しました。多くの巨匠達がそうであるように、ほんの一時期に、自身盤、参加盤併せて名演を残しています。つまり、上記のマイルス・デイビスの名盤2枚は、'58-'59年ですが、当時30歳のこの年には、自身名義、「サムシン・エルス」。マイルス名義、「ポーギー・アンド・ベス」。また翌年の'59年には、自身のクインテットの「イン・シカゴ」。と、「イン・サンフランシスコ」。自身名義、「テイクス・チャージ」。と、他の年に比べかなり名演が占めています。これ以降の名盤としては、'61年、かつて
"マイルス・デイビス・セクステット" で共に多くの好演を繰り広げたピアノのビルエヴァンスとの「ノウ・ホワット・アイ・ミーン?」。'62年ブラジルからセルジオ・メンデスを向かえて録音、大ヒットした、「キャノンボール・ボサ・ノヴァ」。そして、"ソウル・ジャズ"
の名盤として知られる、'66「マーシー・マーシー・マーシー」。等があります。これら60年代の3作品も未だに人気盤です。'75年、47歳と言う若さで、"脳梗塞"
でお亡くなりになっています。 |
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