| ジャズ・フルートと言えばハービー・マンと言う位、頂点に君臨している巨匠です。もともとはテナーサックスを吹いていたそうですが、早い時期からフルートに転向した様で、サックスの記録は見当たりません。他にホーン楽器奏者でフルートをもこなす巨匠として、エリック・ドルフィー、ローランド・カーク、ジョー・ファレル等がいますが、フルートのみの奏者として認められているのは後にデイブ・ヴァレンタイン等が現れますが、この時代ではハービー・マンのみです。まさに"草分け"と言っても差し支えないでしょう。初期の名盤のひとつに名門レーベル、"ベツレヘム"から、'56「ラブ・アンド・ザ・ウエザー」があります。フランク・ハンターとラルフ・バーンズによる優雅で豪華なオーケストラとハービー・マンのアルト・フルートのコラボが実に素晴らしいです。参加盤もあり、ペット奏者の巨人チェット・ベーカーの名盤、'58'59「チェット」、作曲家ミッシェル・ルグランの'58「ルグランジャズ」にも参加しています。'61年のライブ「ヴィレッジ・ゲート」のシリーズ2枚は最もよく知られ、初心者にも理解し安く今でも入手が容易です。大ヒットし、スター歌手のメル・トーメも歌った、"カミン・ホーム・ベイビー"が含まれる、「ハービー・マン・アット・ザ・ヴィレッジゲート」は、アンサンブルの構成、リズム、アドリブ、等多くの点に於いてモダンジャズの名盤のひとつとして認められるべきです。同じ録音の、第二弾、「リターン・トゥ・ザ・ヴィレッジゲート」では、マイルス・デイビスの名曲、"バグズ・グルーヴ"が含まれ、これも名盤。ところで話は変わりますが、'60年代アメリカでのブームがきっかけで世界中で広く"ボサノバ"が知られる様になりました。実はこのハービー・マンもその貢献者の一人だった事実はあまり良く知られていません。アメリカ発のボサノバ、サンバのレコードとしては正統派とも言える、'62「ドゥ・ザ・ボサノバ・ウイズ・ハービー・マン」は、ジャズにボサノバを取り入れたのではなく、真っ向からボサノバそのものに取り組んだとも言える内容で、このアルバムをきっかけにセルジオ・メンデス、アントニオ・カルロス・ジョビン等、本場ブラジルの巨人がアメリカを足掛りに世界に知られるようになりました。また時を同じくしてテナー奏者であるズート・シムスも'62「ニュービート・ボサノバ」シリーズの「vol.1」や「vol,2」を録音、この盤の中に含まれる名曲、"リカード・ボサノバ"は、シムスがハービー・マンと共にブラジルからアメリカに持ち帰った曲として知られます。そして、この曲はハンク・モブレー(テナー奏者)の'65「ディッピン」と言うアルバムの中でも紹介されヒットしました。そして同じテナー奏者のスタン・ゲッツとブラジルのギターの神ジョアン・ジルベルトによる、「ゲッツ/ジルベルト」も'63年に作られグラミー賞を受賞しました。と言うわけで、'60年代前半のアメリカの音楽シーンは、ボサノバ一色だったのです。 |