誰もが知る伝説のギター奏者ジャンゴ・ラインハルトと共に、「フランス・ホットクラブ五重奏団」を結成しジャズにおけるヴァイオリンの可能性を証明した巨人です。活躍は戦前(勿論第二次世界大戦)からで、ヨーロッパを基点に古典的なジプシー音楽をジャズに融合させ、ジプシー・スイングと言うスタイルを打ち立てました。幼少期から両親を無くし孤児院で育ちましたが、12歳からヴァイオリンを初め、パリ北部のモンマルトルの通りでストリート・ミュージシャンとして過ごしていました。本格的な教育は高等音楽院で音楽理論を学びましたが、その間にもストリートミュージシャンは続けていたそうです。この学生時代の間にもサイレント映画の会社で専属のピアニストを勤めると同時にサックスやアコーディオンも鳴らしていたそうです。とりわけピアノの腕は確かで、自分のピアノを
"マイ・アザー・ラブ" と呼び、同タイトルでソロアルバムをリリースしている程です。その後、ラインハルトとの「フランス・ホットクラブ五重奏団」は'39年から。他のセッションの記録としては、デューク・エリントン、オスカー・ピーターソン、ヴィブラフォン奏者のゲイリー・バートン、トゥーツ・シールマンス、ギターのジョー・パス等がいますが、ジャズ以外では、チェロ奏者のヨーヨー・マ。マンドリン奏者のデビッド・グリスマン。フィドル奏者のマーク・オコーナー。サイモンとガーファンクルの片方、ポール・サイモン等がいます。またとりわけ同じバイオリン奏者のスタッフ・スミスとは名盤を残しています。さて、ステファン・グラッペリの記録、録音はかなり古い物から在るので当サイトでは'99年('97年他界)までの全ての年代枠で紹介する予定です。息の長い奏者で最近の物はピークを過ぎた物と思われがちですが、私は晩年の物の方がどちらかと言うと好きです。'96年、他界する前年、日本の報道番組「ニュース・ステーション」において元気そうに素晴らしい演奏を聞かせてくれた光景がまだ鮮明に残っています。